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黒岩 祐治 氏(国際医療福祉大学大学院 教授)「明るい介護、楽しくなければ介護じゃない」

黒岩 祐治 氏黒岩 祐治 氏 |プロフィール(2010年12月現在)詳しく知る

1980年 早稲田大学政経学部卒業
1980年 フジテレビジョン入社
1999年 TV番組「報道2001」の司会を務める(2008年まで)
2009年 国際医療福祉大学大学院教授に就任

対談内容

未曾有の高齢社会を目前に、今我が国が抱える喫緊の社会課題を「都市部高齢者の孤立」と据えています。私たちは強い危機感を持って、高齢社会コミュニティモデルの構築に取り組んでいます。今回は、元フジテレビキャスターで国際医療福祉大学大学院教授の黒岩祐治さんに現代日本の医療が抱える課題と都市部の高齢化について語っていただきました。


黒岩 祐治 氏と対談01 本日は、貴重なお時間をありがとうございます。黒岩さんは、キャスター時代を含めて長年、医療の切り口から社会問題に関わってこられました。医療分野では様々な課題が論じられていますが、今最も関心の高いテーマとそれに対するお考えをお聞かせください。
医療現場では、あくまでも医師が一番偉いという構図があります。この体系は、教育システムが影響しています。医師は医師、看護師は看護師、福祉分野は福祉分野という閉じられた世界でそれぞれが教育されているからです。すべて医師に従うことが果たしていいのでしょうか。高度化・複雑化・多様化した現代医療で、医師が万能で全てわかるということはありえません。医師は医師としての専門性を持ち、医療スタッフとの連携・協働・自律が必要となっています。
また、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、診療検査技師など専門資格を持つ人たちが、まだまだ専門性を生かしきれていないこともあります。医療を多職種連携・チームで行っていくことが、まさに今現場が抱える課題と言えます。それぞれの専門性を生かすチームという考え方を浸透させるためには、教育の現場からお互いの交流、連携が必要です。学問体系の延長線上でなく患者のニーズに向き合い、そこで積み重ねたノウハウを身につけていくことが望まれます。
チーム医療の大切さは、東大病院や三井記念病院に勤務していた際に学びました。良い医師は、コメディカルからどれだけサポートしてもらえるかにつきると思います。
黒岩 祐治 氏と対談02 患者のニーズに向き合うときのキーワードは「メッセージ力」です。座学も大事ですが、臨床現場で人間に何が起きているのかを専門性の目でキャッチすることが必要です。患者は言葉だけではなく、身体からメッセージを発しています。それを医師の目、看護師の目、スタッフの目という専門性でキャッチし、共有・分析・把握したうえで、患者や家族へどのようにメッセージとして伝えていくのかということです。人間とどう向き合うのかという基本を教育していかなければなりません。
在宅医療では、患者さんやご家族が何を言いたいのかをオープンマインドで受け止めるところから良い医療が始まります。言葉ではない仕草や表情などから察して組み立てていきます。こうしたメッセージ力を身につけることは、教育でできるのでしょうか?
「医療の質と安全学会」では、新しい医療の形を表彰する制度があり、私も審査員をしています。先日の表彰では、東京SP研究会が選ばれました。SPとは模擬患者のことです。トレーニングを積んだ人が医学部教育の中で模擬患者として関わります。医学部ではOSCE(オスキー)という客観的臨床能力試験が取り入れられています。医療面接、診察、治療の実技試験で、その場で評価者が評価をします。模擬患者も受験者の評価を行います。
患者の立場から、医学生が医師としての聞き方はどうだったのかズバリ指摘します。医学生にとっては衝撃的だろうと思いますが、そこで患者から学ぼうとする姿勢が生まれてきます。こうした教育から医療が始まると言えます。医学という学問からではなく、患者から始まることを教育の中で積み重ねていくことが大事です。医療の原点は、生身の人間とのメッセージのやりとりなのですから。
黒岩 祐治 氏と対談03 電子カルテが普及し、医師が画面ばかり見て患者さんを見ないということではいけませんね。
私の父親を診ていただいた医師の漢方的な診断には、すごく学ぶところがありました。彼女は西洋医学だけでなく中医の資格を持ち、日本で20年以上活躍されています。望診・舌診・脈診など、五感で患者のメッセージを取ります。漢方では、気・血・水のバランスがとれている状態が健康であり、病気はこのバランスが崩れているとしています。検査があるわけではなく、パッと見て証に分類し、個人を徹底的に情報化し、メッセージを取り、医師が経験に基づいて考え対応するのです。
西洋医学からすると証にエビデンスがあるのかということになりますが、感覚的・経験的にわかるのです。西洋医学は、個別性は無視してデータのみ見ています。
データは大事ですが、人間の持っているものを全てデータ化できているわけではありません。五感で感じられるデータ、それは医療の基本ではないかと思います。人間をじっと見ていると、いろいろなものが見えるはずです。そういう意味からも「メッセージ力の医療版」は注目すべきことではないでしょうか。
私が今最も危機感を持っているのが、「都市部高齢者の孤立」です。在宅医療を通じて、この問題に取り組んでいますが、特に「担い手の育成」「在宅医療・介護の情報連携」「生活支援も含めたコンソーシアムの形成」が重要と考えています。そこで、都市部の高齢化についてのご意見をうかがいたいと思います。
在宅医療は非常に大事だと思いますが、もっと福祉施設の取り組みについて考えるべきです。自分の生活基盤の延長線上にある形の施設で、病院や収容所ではありません。個人らしさが確保され、小さな空間であっても集合住宅のようなものです。ワンストップでの安心があり、必要に応じて在宅ケアが受けられる、そうした拠点を作らざるをえないでしょう。
黒岩 祐治 氏と対談04 在宅医療はある意味で医療資源をぜいたくに使うサービスです。最終的には、皆がまとまって住む集住という流れがあって、そこに効率の良いサービスを提供するという形になると予想しています。離れてぽつんと住んでいる人たちは、良いサービスは受けられないがそこに住み続けるかという選択を迫られる時代が訪れるかもしれません。
コンパクトシティの実践例ですが、駅前に高齢者が住む施設が生まれ、最初はうまくいっていましたが、郊外に大型店舗等が展開して、そこは置き去りにされてしまいました。医療や介護だけ考えていてはダメで、商店街を活性化させることを視野にいれて街づくりをしなければなりません。
日本の一番弱い部分なのですが、バラバラに捉えるのではなく、省庁の垣根を取り払い、教育、介護、医療、商業経済など統合的なパッケージとして取り組まないと解決しないでしょう。
おっしゃるとおりです。私たちは東京都北区も診療エリアとして在宅医療を実践しています。北区は、公営住宅が近隣区と比較して圧倒的に多く所在します。高齢化率が50%を超えている地域もあり、「限界集落」としてメディアに取り上げられることもしばしばです。私たちは在宅医療で入りますが、そこに住むお年寄りの多くは孤独に暮らしています。そこには社会のサービスが届いていません。
もっとも、それはサービス提供側の問題だけではなく、判断力が低下した高齢者は保守的であるという特徴もあります。ですから私は、医療で構築した信頼関係を基盤に、お年寄りに必要なサービスをワンストップで提供できないかと思っています。具体的には、食や日用品、金融相談などの生活に必要なサービスを届けるために、コンビニや輸送会社などとコンソーシアムの構築を検討しています。
黒岩 祐治 氏と対談05 街づくりにおいて、老人がいるからといってネガティブになるのではなく、にこにこした老人が過ごし、会話のある光景というのが魅力的で、それが多くを引き付ける力になります。介護は暗いイメージがありますが、私は、明るい介護、楽しくなければ介護じゃないキャンペーンを行っています。
国際医療福祉大学の理学療法の先生が考案した介護予防体操を、ダンスのプロである振付師にアレンジしてもらい、理学療法的に意味のあるエッセンスを生かした介護予防ダンスをつくりました。曲は、私がプロデュースしているミュージカル「葉っぱのフレディ−いのちの旅−」ニューヨーク公演のカーテンコールで使った新しい曲です。ニューヨークの舞台では、日野原重明先生も99歳にして一緒に楽しく踊られました。 できあがったダンスを子どもたちに踊ってもらったところ、今後の展開に、経産省の医療・介護周辺サービス産業創出調査事業として採択された企業がスポンサーとなりました。
介護予防ダンス「葉っぱのフレディ版」として、スポーツクラブで子どもたちに教えます。子どもと一緒に高齢者にも踊ってもらうことで、楽しさが増すことは間違いありません。せっかく実現した超高齢社会は、皆が長生きできるとてもいい社会のはずです。 しかし、暗いとか孤独だとか悲惨なことばかり言うのはおかしいでしょう。明るく楽しいというふうにイメージを変えていかなければいけません。
そのとおりですね。共感します。私たちも、クロスジェネレーションと言っていますが、お年寄りに子どもをどう交流させるかを考えています。最後に、在宅医療を通じて希望ある社会の創造に取り組もうとする私たちへのメッセージをお願いいたします。
武藤先生は、医師の経験を積んだ上でマッキンゼーでの体験を経て、再び医師として戻ってこられました。ですから新たに見えているものがあり、単なる医師の発想ではなく、全然違った角度からの視点をお持ちです。経済活動にとって当たり前なのですが、ビジネスとして成り立つのかという視点、すなわち顧客のニーズに合致するかということが最も重要なことです。在宅医療という一番難しい問題から入ってこられたということに、大いに期待をしています。
明るく取り組んでいきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

黒岩 祐治 氏と対談

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