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冨山 和彦 氏(株式会社経営共創基盤代表取締役 CEO)「公設民営が医療変革のキーワード」

冨山 和彦 氏冨山 和彦 氏 |プロフィール(2011年1月現在)詳しく知る

1984年 東京大学法学部卒業 (在学中に司法試験合格)
1985年 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)入社
1990年 スタンフォード大学経営学修士(MBA)取得
2007年 株式会社経営共創基盤(IGPI)設立 代表取締役CEOに就任

対談内容

今私が最も危機を感じているのが「都市部高齢者の孤立」です。在宅医療を通じてこの問題に取り組み、特に「生活支援も含めたコンソーシアムの形成」が重要と考えています。今回は、産業再生機構での実績をお持ちで、多くの企業再生に手腕を振るわれ、企業再生スペシャリストと評される冨山和彦さんに、日本の医療の再生について語っていただきました。


冨山 和彦 氏と対談01 本日は貴重なお時間をありがとうございます。未曾有の高齢社会を目前に、日本の医療のあり方は長年論じられています。数多くの企業再生を手がけてこられた冨山さんからご覧になって、医療再生のポイントをどのようにお考えになりますか。
きちんと機能しない仕組みというのは、働く人たちの働きと金銭的なことや自己実現的なこととのバランスがとれていない場合がほとんどです。結果的に搾取されているのですが、搾取・被搾取の構図が欧米のように資本家と労働者というわかりやすいものではないところに日本社会の難しさがあります。
もともと階級社会ではない日本では、社会の仕組みや歴史的沿革から既得権益が生まれ、既得権益層が非既得権益層から搾取するという構図にあります。たとえば企業年金受給者は、本人に悪意はありませんが、搾取している立場です。
経済成長が望めない時代であっても、高い予定利回りを前提とした確定給付をもらえるため、年金資産はそれでは回らないので会社が補填します。現役がもらえるはずのボーナスなどをそちらに回しているのです。
社会全体でも同様の不公正は起こり、組織が効率よく機能せず、人々の心も離れてしまいます。医療の世界でも、歴史的に積み重なった既得権益が頑強な岩山のように立ちはだかり、それが動かないことで機能していないのでしょう。
どうやって構造を変えることができるでしょうか。
冨山 和彦 氏と対談02 公的システムの枠組み、特に既得権益者に有利なシステムを変えなければなりません。医療保険のあり方や医療の報酬のあり方などです。開業医と病院勤務では、仕事量と報酬がアンバランスな場合が多く見られます。
この構造は、システムとしてうまくいかない典型です。医療の仕組み自体は、もともと保険原理であり、世代間賦課的になっていて、人口構成から見ると世代間搾取になっています。現代は、医療技術の高度化により長生きします。
高齢者が圧倒的に多くなり、高齢になるほど医療費を使います。今の仕組みを作った時代とは大きく変わった結果、高齢者が意図したわけではまったくありませんが、世代間で搾取することになってしまったのです。
また、日本は公的制度を作るとき、ヨーロッパに比べて企業や民間組織をうまく使ってきた歴史があります。医療保険制度では、健康保険組合も企業別、産業別になっています。企業や産業が持つ組織を効率的に使うことで、立ち上がるときは合理的で早いのですが、成熟してくると、組合間格差が生じてきます。
格差は、埋められるものと産業の新陳代謝の関係で埋められないものがあります。そこにも新たな既得権益が生まれるのです。昭和30年代にできた国民皆保険制度は、当時は将来人口も増加が見込め、すべての産業が右肩上がりで伸びていく、平均寿命もそう長くないという時代を前提にした仕組みなので、結果としていろいろなところで既得権益層と非既得権益層の格差が生まれてきました。
こうなってしまったことは仕方ないとして、制度的枠組みを国が主導で変えなければなりません。もう一つは、医療システムが、公と私、官と民がいろいろな次元で複雑に入り混じりながらできあがってきたことも指摘できます。アメリカは圧倒的に民による市場原理主義、ヨーロッパは官が主導の社会民主主義で、それぞれ問題は抱えていますが、ガバナンスとしては一本筋が通っています。 日本の医療は第三セクターのように、そこに関わる民間が、都合よく、公と民の顔を使い分ける産業になってしまっています。
あるときは弱者を人質にとってということもありますね。
弱者のことを本当に考えるのであれば、公の論理に徹すればいいのです。肉体的に不運な状況で、しかも経済的に困窮している弱者に対し、社会の相互扶助で助けるのはあることです。誰にでも起こりうることですからね。
だから、みんなで保険料を払ってヘッジしていきましょうということです。裏を返すとこの問題は、資産も所得もない状態の本当に弱者になった人以外には必要がないのです。しかし多くの議論が、弱者を中産階級にするために国が政策的に介入しなければならないというもので、実は弱者を人質にとって、その少し上にいる数多くの人たちを押し上げることが狙いとなっています。
冨山 和彦 氏と対談03 在宅医療の現場では、病気で動けない人には多くの社会インフラが入り、国のお金で賄っています。現場感覚としても低負担高福祉を感じておりこれでは続きません。ストック資産を持つ人も同じ負担で手厚いサポートをしており、ここは議論になっています。
現役の高所得者への課税強化の議論はなされていますが、ストック資産への課税には大きな抵抗があります。既得権益層であるシニア層は、頭では理解していても、現状の仕組みが自分たちに有利だとわかっています。過去に蓄えてきた預貯金があり、年金や医療保険制度上も逃げ切り世代で、既得権益を崩す資産課税による所得配分の構造変革には指一本触れさせません。こうした世代が、どこかの時点で世代間所得再分配をするために既得権を放棄できるかどうかです。
なるほど。そのような考え方は、思ってはいても中々声に出せないものでした。もう待ったなしの危機的状況のもとでは、もう腹をくくるしかありません。国家と個人の関係は往々にして対立するものですが、国が倒れては個人は成り立たず、弱い個人を見捨てては国家は成り立ちません。
私は今、いわゆる社会的弱者である低所得高齢者を多く在宅で診ています。この層は、今後爆発的に増えることを考え、新たな仕組みの構築に全力で取り組んでいます。この点について冨山さんのご意見をお願いします。
病院や老人ホームなど施設は収容能力の限界があり、一定の費用もかかります。在宅でというのは重要です。地方と都市部で圧倒的に違うのが人口集積で、都市部では在宅サービスのネットワークを組んで効率的にいろいろなことができます。
数多くの都市部に住んでいる団塊の世代が後期高齢者の年代になると、孤独死や医療は都市部で巨大な塊として問題となってきます。在宅医療のモデルで問題解決することを、政策的にも真剣に考える必要があります。
冨山 和彦 氏と対談04 最期を支えるのは医療の役割が大きいことは強く自覚していますが、それだけでは足りません。ボランティア、NPOなどの機能、さらには企業サービスも結集し、対策を考えなくてはなりません。
これまでの議論のように、これまではその財源が一つのハードルとなっていました。この仕組みは、ある種セーフティネットの性質も持ちますから、継続性を重視した経済循環モデルを構築しなくてはなりません。補助金等の公の資金では継続性としては脆弱です。
市場経済のもと、企業や事業者の叡智と工夫を結集して何としても継続性ある経済循環モデルを構築したいと思っていますし、できると思っています。もしもそのモデルに制度的ハードルがあるのであれば、それは公との連携により解消しうるものであるとも思っています。公益という、共通の目標のもと、公民はスクラムを組めると思いますし、そうすべきであると考えます。
日本では、公が用意したプラットホームに民間が乗り、市場メカニズムで行う公設民営がうまくいく手法ではないかと思います。そのとき、市場メカニズムで自動的に公益目的が達成できるところに動機づけるようなルールデザインを、民間が作っていくことが大事となります。
市場経済はそれ自体、善でも悪でもなく、動機づけられていることが社会的善であるかどうかが全てなのです。顧客のニーズは「自分の生活をどう豊かにしてくれるのか」の1点に尽きます。顧客の求める価値を満たすには、どのような組織体がよいかを考えなければなりません。その観点からすると、医療は幸福を実現するための一つのパーツなのです。
そうなのです。しかし今は「組織体」は存在せず、ばらばらです。常に供給側の論理です。しかし、目の前にいる患者を見ていると、市場が求めていることが手に取るように分かります。「誰かが自分の状態や要求を把握し、相乗的に価値提供してほしい」という願いです。
そう考えると医療は他のサービス産業と交わらず、自らを特殊化しており、その姿は少々かたくなな気がします。
役所は縦割りで医師も組合的組織で、クロスオーバーしたワンストップサービスを嫌う傾向にあります。供給側の論理で市場を切り分けてサービス提供したほうが、医師などの資格者には仕事がしやすく有利になります。
しかし全体として失敗が起こる構図となっていますから、個別セグメント型を統合化するプラットホームを公が提供し、統合的にサービス提供したほうがサプライヤーサイドが儲かるというインセンティブがつけば、効率的で満足いくサービスが提供できるでしょう。
顧客の想いを真摯に誠実に叶えない産業は生き残りません。私は医療とビジネス両面の経験を持って、新しいプラットホームの構築に貢献したいと思っています。最後に、私たちの活動にアドバイスやエールがありましたらお願いいたします。
冨山 和彦 氏と対談05 100年後、200年後も日本で生きていく悠久の日本国民の目線に立ったとき、医療や介護に求めている価値とは何かを突き詰めることが一番の本質です。税金や保険料、自己負担など必ず払っている対価に対しての価値は何か、満足させるためには何をすべきか、すべての発想の原点はそこにあります。
時代を切り開き、世の中のパラダイムを変えていくリーダーシップを持つ人間は、大きなスケールの空間と長い時間という時空の中で物事を考えられるかが全てです。惑わされずに本質を見つめ、自分たちの言動に反映させていくことが大事です。
本質的であればあるほど、反発や抵抗勢力が出てきますが、それでも地球は回っていると言い続けること、その思いを持ち続けていかないと革命のような変革はできません。武藤先生にはがんばっていただきたいと思います。
貴重なご意見をありがとうございました。引き続きどうぞアドバイスをお願いいたします。

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武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

冨山 和彦氏と対談

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