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石巻ではたらくということ ドクターメッセージ

草場 鉄周氏草場 鉄周先生|プロフィール(2012年5月現在)詳しく知る

1999年 京都大学医学部卒業
2001年 日鋼記念病院 初期臨床研修修了
2003年 北海道家庭医療学センター家庭医療学専門医コース修了
2006年 北海道家庭医療学センター所長、本輪西サテライトクリニック所長
2008年 医療法人北海道家庭医療学センターを設立
     同法人理事長、本輪西ファミリークリニック院長
公 職  日本プライマリ・ケア連合学会副理事長
     北海道医療対策協議会委員
     京都大学医学部非常勤講師

「家庭医としての『4つ』の視点」

草場鉄周先生にお話をうかがいます。


2011年9月に在宅医療専門の「祐ホームクリニック石巻」を開業し、これまで150人くらいの患者さんを訪問で診療しました。その中で約30人を自宅でお看取りさせて頂きました。
地元の信頼をいただいて紹介が増えていますが、一方で、診療体制をきちんと整えていく必要があります。そこで、北海道家庭医療学センターにおいて、優秀な医師の方々を集めている草場先生に、「何が若手医師をひきつけるのか」、また「教育を行いながら地域医療を担っていく秘訣」をお聞きしたいと思います。

草場先生インタビュー1

北海道家庭医療学センターは、1996年に葛西龍樹先生(現・福島県立医科大学地域・家庭医療学講座教授)が創設しました。 室蘭市の本輪西サテライトクリニックの院長として、たった1人でのスタートでした。家庭医による診療にこだわりつつ、家庭医を育てるところから組織をつくっていったのです。初期研修2年、後期研修2年の計4年間という枠組みで、97年から第1期生が入りました。私は第3期生(99年)です。
現在、診療所の数はどのくらいあるのですか。また、そのネットワークを生かした特色について教えてください。
現在、当センターのネットワークには6つの診療所が含まれます。 葛西先生がここを離れられた2006年までに、室蘭市、更別村、寿都町の3つの診療所がありました。その後、私がセンターを引き継ぎ、それまでは、地域の要請を受けた展開でしたが、家庭医としてキャリアアップをしていくための組織展開へと方向転換をしました。
そして、上川町、札幌市、旭川市に、3つの診療所を展開しました。4年間の研修が終わった医師たちのキャリアを意識したのです。研修が終わってすぐ院長や所長になるのは難しく、ましてや自分で診療所を開設するなどできません。 そこで、研修が終わった後も引き続きフェローという形で、院長や所長の下で院長見習いとして2年間トレーニングを受けられる体制を整備しました。その後もし希望があればセンターが診療所を準備し、診療に専念できる院長として働くことができるという形です。

こうした組織展開が、医師が集まり定着している理由なのかもしれません。「家庭医としていろいろな働き方ができるようになる場」を用意したいなと思っています。それがセンターのネットワークの中で完結できるという最終形をめざしています。
診療や教育、リサーチに専念できるという体制は理想的ですね。センターの先生方が、東日本大震災後に私たち祐ホームクリニック石巻を支援してくださいました。よろしければ、その経緯をお聞かせください。

草場先生インタビュー2

3月11日に大震災が起こり、我々には何ができるのかという混沌とした中で1~2週間が過ぎました。日本プライマリ・ケア連合学会が学会として動き始め、それに乗ったのが最初でした。学会は気仙沼、石巻、福島の3か所で支援を展開し、私たちは訪問診療を手広くやっていることから、訪問診療のニーズが爆発的に高まっていた気仙沼で巡回療養支援隊の一員としてサポートを開始しました。

気仙沼は全体が組織的に進んでいて、まとまりよくうまくいっていたので、私たちも、お預かりした患者さんを地域の先生方にお返しするといういい形で解散することができました。 しかし、広域である石巻は体制が整っていないことから、学会から更なる支援の要請があり、石巻の地域ニーズに対して私たちが在宅医療でお役に立てるならば、気仙沼で学んできたことも含めてサポートさせていただくことになったということです。「地域密着、家庭密着で、患者さんの背景や地域の事情を踏まえて訪問診療を提供する」のは、家庭医として一番やりがいのあるところです。
私たちのところへ来ていただいて、石巻は気仙沼とはだいぶ状況が違っていただろうと思います。来ていただいた先生方からの感想はいかがでしたか。
石巻での支援の枠組みは、北海道で展開している訪問診療の枠組みとほぼ同じような体系です。1週間ごとに待機の交替をしていますから、1週間支援して北海道に戻るというのはしっくりきます。全く違和感はありませんし、土地勘がない部分はみなさんにサポートしていただき、いろいろな情報をいただけるので働きやすいと言っています。
センターの先生方は、限られた時間の中で患者さんと密な時間をとられていてすごいと我々はいつも感心し、勉強させて頂いています。1週間のシフト制で動くとなると、情報共有や重要な医学的判断の意思決定の仕組みはどうなっているのでしょうか。
電子カルテがクラウド化され、常に持ち運べる状況にあります。カルテの記載については、センター統一基準のようなものを徹底しています。申し送り=電子カルテとなっていますので、必ず誰かが読むことを前提に、整理してSOAP形式できちんと書くということです。また各クリニック単位で、昼や夕方の時間に症例カンファレンスを必ず行っています。電子カルテを皆で見えるようにして、気になった患者さんの情報を全部出して細かく議論していきます。
そうした患者さんの情報は、このカンファレンスで絶えず共有します。一人で抱え込むやり方を最初からやっていないのです。ですから、今回のような1週間単発の支援でも違和感がありません。前任から引き継いで、また後任へ引き継ぐことは、日々行っています。
私たちも近い仕組みで情報共有しています。よく分かります。
日本では家庭医の活動が広がって認知度も上がってきました。改めて、先生がお考えになる家庭医療について教えていただきたいと思います。

草場先生インタビュー3

私たちの家庭医療は、欧米の移植ではありません。海外で家庭医療のトレーニングを受けた世代の先生方が日本でつくってきた家庭医療の中で育った私たちは、日本の事情や専門医、開業医との関係性も肌でわかっています。私は4つの原則をもって家庭医を定義しています。

1つめは、包括的な健康管理をすること。包括性とは、ファーストタッチで断ることなく、専門の先生に紹介することも含めて責任が負えるということです。予防も含めて包括的な臨床能力を持っていなければなりません。

2つめは、協調性があること。家庭医として地域で活動をしていると、医師だけではすまない様々な健康に関する問題が出てきます。例えば、診療費のお支払のことで困っていると相談を受けたら市の担当者につなぐ必要があります。あらゆる健康問題に関して地域のハブとして機能しなければなりません。協調性を持って、いろいろな人たちとネットワークを組んでいけるかどうかです。そこに自分のアイデンティティを持てるのが家庭医です。

3つめは、コンテクチュアルケア。ある患者さんを診たとき、その病気によって影響を受ける家族がいることなどを視野に入れながら、治療計画や訪問計画を立てなければなりません。地域にしっかりしたコミュニティがあれば地域のサポートを期待できますが、今回のように仮設住宅などではコミュニティ機能が最初は脆弱でしょう。患者さんがコミュニティの中でどういう立ち位置であるのか意識しながら診療を展開できるかどうかです。石巻なら石巻、室蘭なら室蘭、地域全体でどんな医療や介護のリソースを持っているのか頭の中でマッピングし、その患者さんの背景に広がるコンテキストを常に考えながら、日々の診療を行う必要があるのです。

4つめは、地域包括ケア。地域がシステムとして抱えている健康問題があります。室蘭だからこそ、札幌だからこそ、東京だからこそといった地域固有の健康問題です。 普通は日々の診療に囚われてしまい、来る患者さんにベターな診療をして終わりますが、そうではなく、何故この患者さんは自分のところへ来て、その問題を訴えるのか、その背景には地域の問題があるのではないかと考える必要があります。そうすると、そもそも診療所に来なくて済むようにできないかという発想にすら至ります。具体的には、医師会活動かもしれませんし、行政との連携かもしれません。いろいろあると思います。常に診療所の外を見なければなりません。これは訪問診療にもつながっていることです。 実際に武藤先生も、祐ホームクリニックでやられていることばかりだと思います。
この4つが満たされていれば、私は自信を持って家庭医だと名乗って頂いて良いと思っています。
先生のおっしゃる4つのことは非常に大事だと思いますし、自分の頭の中が整理された気がします。この4つのフレームは、エリアごとに必要な視点ですね。
さて、先生が考える家庭医療をさらに広めるにはどうすればいいのでしょうか。
今の活動の枠組みの延長にはないもので一番重視しているのは、制度に関することです。家庭医療という分野をいいなと思っている医学生はかなりいます。しかし、制度面での裏付けがないために、そこへ進むかどうかは個々人の情熱に左右されてしまうという弊害が出ています。具体的には、専門医制度と標榜科目という2つの課題です。

日本の専門医制度の中で家庭医療がどこに位置づけられるのかは未確定で、ようやく議論に入ったところです。私も理事を務めている日本プライマリ・ケア連合学会でも検討を続けています。専門医制度として確立されると、法律的な裏付けができ、標榜科目として認められます。現状では家庭医療科と標榜できずに、内科・外科・小児科といった標榜にならざるをえず、国民には非常にわかりにくいものとなっています。

きちんと専門医制度ができれば、国民に理解されるだけでなく、現在自分が行っているのは家庭医療かもしれないと考える先生も多く出てくるでしょう。そうした先生には、何らかのリトレーニングや試験等で専門医資格をとっていただき、家庭医療と銘打っていただくことで家庭医の裾野はどんどん広がるでしょう。

これからの超高齢社会で、プライマリ・ケアの質が保たれていないと、いくら先端医療を進めていっても頭でっかちな医療構造になってしまいます。そのためには今のこの仕組みを大事に育て、国民の信頼や専門医の先生方の理解も得て、少しずつ広げていきたいと思っています。そうすることで、超高齢社会への不安をなくすだけでなく、そこで働く医師のキャリアそのものを安定させることにもつながるでしょう。
本日は貴重なお話をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

◆祐ホームクリニック石巻 インタビュー事務局より◆
北海道家庭医療学センターから、派遣でお越しくださる魅力的な先生方。診療スキルのみならず、そのお人柄の面からも、患者さんからの信頼はもちろん当院のスタッフからも人気です。診療技術はもちろん、一週間の滞在前後においても、とてもスムーズに引き継ぎをしていただいています。
優しい先生方が多く、働くスタッフへのお気遣いもいただきます。その先生方に「石巻の診療所の魅力は?」とお伺いしました。多かったお答えは、「スタッフのおかげで、訪問診療に集中できます」とお言葉を頂くことができました。
今後も、先生方が、診療に全力を注いでいただけるように努めていきます。

 


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