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金澤 一郎 氏(日本学術会議会長)「満足死の概念が日本の医療を変える」

日本学術会議会長 金澤 一郎 氏金澤 一郎 氏 |プロフィール(2011年1月現在)詳しく知る

1967年 東京大学医学部卒業
1991年 東京大学医学部脳研神経内科教授
2002年 宮内庁皇室医務主管に就任
2006年 日本学術会議会長に就任

対談内容

日本学術会議は「信頼に支えられた医療の実現−医療を崩壊させないために」をまとめ、金澤先生は日本の医療の現状に強い危機感をお持ちです。日本社会に対する警鐘として、国民意識の変革や開業医のあり方などを語っていただきました。


日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談01 本日は貴重なお時間をありがとうございます。未曾有の高齢社会を支える一助として、2010年1月に在宅医療専門診療所を開設し、24時間365日、地域の高齢者の方々の療養生活を支え、看取りも行います。年間お看取り数は、50例を超えました。
看取りの医療では、それを行う方の腕はだんだん上がっていき、あとどれくらいで最期を迎えるかがわかってきます。正直にご家族に伝えたときの反応はいかがですか?
病院でおおよそのことを聞いて家に戻ってこられることが多いことに加え、私は患者さんの状態変化と共に、今の状態と次の見通しをお伝えします。最期についてお話するのは、1~2週間前でしょうか。早すぎても遅すぎてもご家族は動揺されます。私の限られた経験の中では、比較的落ち着いて受け止められているように感じています。
日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談02 なるほど。武藤先生は、家族の心理状態を踏まえきちんと考えて、また1~2週間という時間の余裕を持って伝えているからいいのでしょうね。あと2時間、あと1時間半ですと伝えると、「同情がなさすぎる」という反発があるそうです。医師本人はまじめに対応し、伝えたほうがいいだろうと思う気持ちが、伝わらないのは何ともやり切れませんね。
なるほど。人の最期の場面をどのような場にするかということに、医師は大変存在感を持ちます。責任重大です。在宅医療はご家族との信頼関係をどう構築できるかでは成否に直結しています。私の診ている患者さんは、ご家族に恵まれている方が比較的多いですが、独居の方も少数ながらおられます。現在の形態の在宅医療では、ある程度の家族介護力が必要なのだと思います。
先生ご本人の能力はもちろん、回りの人に恵まれているということですね。医師が何を言っても信用されない環境というものもあり、その中でやっている人は大変だろうなと思います。
日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談03 私は循環器内科医として高度医療にも携わった後、マッキンゼーでコンサルタントを経験しました。そして医療の世界に、在宅医療という形で戻ってきて、これほど純粋に人から感謝される仕事はないと実感し、改めてこれが天職だと自覚しました。
在宅医療の現場では、看護・介護との連携が重要です。クリニックでは、地域の看護・介護に携わる方々向けに毎月2回の勉強会を年間通じて行っています。地域の訪問看護師やケアマネジャーが毎回30〜40人集まってくれます。
医療のことを理解して、どのタイミングで何をすべきかをわかってもらうことが、在宅医療の拡がりに繋がるのだと思います。その中心ではやはり、医師がリーダーシップを発揮すべきで、開業医がしっかりしていかないと、裾野の広い医療にならないと思います。
まったくそのとおりですね。開業医はレベルが低いという意見を述べる人がいますが、今この地域でどんな病気が流行っているのかをわかっているのは開業医であり、それは大変貴重で重要なことです。
開業医には一層のレベルアップの機会は不可欠なはずですが、これまでは、やらなければいけないからと開業医向け講習会をする程度でお茶を濁してきた感があるのは否めません。そうではなく、開業医と病院がお互いをカバーして、開業医が1週間なら1週間、大病院で研修するといったシステムがあってもいいのではないかと思いますね。
私はまさにそれを考えています。いわば「交換留学制度」です。開業医がある期間、病院で外来も検査も行い、逆に病院の医師が在宅医療の現場に触れるということです。病院の医師は在宅で何ができるのかをよく知らないことも多く、在宅への移行期の良いタイミングを逃している可能性もあります。
日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談04 開業して1人で行う医療は、大病院で皆と一緒に行う医療とは全く別だという認識が必要ですね。病院の医師が、1人で医療をしたことがないままに開業してしまうことに対する危惧はあります。どこかで訓練することが必要でしょうし、開業医に対してもリエデュケーションのコースが求められます。
開業医は忙しくてできないと思うかもしれませんが、考えていけばいろいろなことはできるはずです。 私は月に1回、地方の病院で診療を行っていますが、そこで感じるのは、患者さんはこんなに高い頻度で医療機関を訪れる必要があるのかという疑問です。
身体への負担やストレスを考えると、おっしゃるとおりです。私のクリニックのコンセプトに「病院の外でも専門医のチームが診る」ということがあります。
整形外科を始め、東大から複数の循環器内科、消化器の外科・内科、神経内科、皮膚科、腫瘍内科、緩和ケア科など、多方面の専門医にきていただいています。主治医は私なり副院長ですが、患者さんの容体に応じ対応できる仕組みをつくっています。
在宅医療専門で開業している人はどのくらいいるのでしょうか?
外来を行いながらという先生が多く、在宅専門でというのは、全国で数百軒だと思います。
数を聞いたのは、在宅医療は普通の医療ではありませんから、質を高めていくには、仲間が集まる必要があるのではないかと思ったからです。
日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談05 おっしゃる通りです。在宅医療を専門で行っている人たちのグループは、オープンイノベーションとでもいいましょうか、メーリングリストなども活発で、成功事例の共有や、何か困ったことの解決法など、メーリングリストですぐに誰かが答えてくれる風土があります。
そうですか。ところで武藤先生、満足死という考え方をご存知ですか。満足な生の延長線上にあるのが満足死です。「この先生に診てもらっていて、それでダメなら受け入れる」、こうした概念を日本の多くの人が持つべきだと思います。その医師が開業医であるべきと思います。
また「自分だけよければいい」という考え方は変えるべきでしょうが、大変難しいことです。公費での医療やいわゆる高度医療をどこまで求めるか、個人の価値観になる部分について、日本人は改めるべきと思います。
私は講演などで、日本人は禁断の木の実を食べてしまったのではないかと話しています。高い水準で恵まれたものを見、受けてしまい、それを下げることができなくなっているのではないかと。
高いレベルでの平等を求める意識ですね。
同じ保険料を払っているのだから、卒業したての医師よりもベテランに診てもらいたいとなります。裏を返すと、差額をとればいいのではないかというシステムの変更にもつながるわけで、それならば、国民全体としての意思がどこにあるのかサーベイして、それが意思であるならば国の意思としてやればいいと思います。
中途半端になっているからいけないのです。財源があれば簡単です。しかし、そうはいきません。かつて美濃部都政は徹底的に福祉へ力を注ぎましたが、結局は疲弊しました。また、アフリカでの例で、自然災害に対して国連が全面的に援助をした地域がありました。
その地域に再度自然災害が起こったとき、国連の支援が少し遅れました。それに対して「なぜ来ないのか、冷たい」と住民は国連に怒りを向けました。日本人も、そうした国民になってしまうのではないでしょうか。残念です。
私が在宅医療で重視しているのは、「期待のコントロール」です。ここまではできるが、ここまではできないということをはっきり言います。期待のコントロールをしっかりすると納得につながります。何でもできますと言ってしまうと、何でもやってくださいとなり、理解は得られても納得はされません。
私は「リスクゼロを求める国民性」と表現してきました。医療は100%安全なものであらなければならないと期待されています。しかし、医療は100%保障できるものではありませんし、診断が100%正しいと言えない場合もあります。それに対してある科学ジャーナリストから、医学・医療の未熟性だと言われました。
たとえば、顕微鏡レベルで見れば病変はわかるかもしれませんが、MRIの能力が高まっていっても1ミリ以下のものは見られません。しかし研究を進め0.5ミリのものを見られるようにすべきで、そのために莫大なお金を投じるべきかという議論です。
一方で「そのための恩恵の負担は保険で賄うのが当たり前」といった意識があるとすれば、日本はつぶれてしまいます。未熟だからダメというのではなく、意図的にそこまでいかないようにすべきなのではないかとさえ考えます。
国民のコンセンサスを得、我が国の方向を決めなくては、財政も人の心も潰れてしまうと、今身を持って感じています。
私はイギリスで勉強をした経験があります。イギリスの医療はGPが主体です。お産は家でやり、医師が家にくるのが普通でした。またイギリスでは、健康診断という言葉はないと言われました。すべて自分の責任においてやれということです。
日本でも「自分の責任において」ということをもっと植え付けたほうがいいかもしれないですね。在宅医療で、医師に自宅へ来てもらい満足を手に入れることはとても大事なことですが、それを行う医師が少なすぎるでしょう。もっといてもいいのではないかと思います。
在宅医療は、患者さんや家族の心からの感謝を受けることができる、医師として大変やりがいを感じる仕事です。しかし、24時間365日対応するのはかなり大変なことも事実です。使命感を持ち、ハードな環境をモノともしない人だけが担うような仕組みや制度では、拡がりがありません。
そのためにはIT化、情報共有化、効率化が必要となります。医師、看護師、ヘルパーなどがそれぞれの職務に応じてデータが見られるようなITでの仕組みを開発して、このエリアでまず導入しようと考えています。そして、在宅は在宅を集中的に行うクリニック、外来は外来だけのクリニックというように機能分化を進めていかなければなりません。
クリニックの機能分化は、まさにそのとおりですね。武藤先生、がんばっていただきたいと思います。
本日は、貴重なご意見をありがとうございました。開業医の世界を現場から変えていこうと思いますので、また先生にはいろいろご相談に乗っていただき、サポートもお願いできれば幸いです。

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武藤 真祐(聞き手)
武藤 真祐|医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長 詳しく知る

1990年 開成高校卒業
1996年 東京大学医学部卒業
2002年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了
2010年 祐ホームクリニック開設
2011年 祐ホームクリニック石巻開設
内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 医療分野の取組みに関するタスクフォース構成員
みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会 システム構築委員会 委員
石巻市医療・介護・福祉・くらしワーキンググループ委員
経済産業省地域新成長産業創出促進事業ソーシャルビジネス推進研究会委員等公職を歴任

日本学術会議会長 金澤 一郎 氏と対談

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